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2015.03.19

好きなことしかやらない、それが人生の鉄則

MOTORCYCLE MAN -オートバイのある人生- Vol.37 摺本好作[イラストレーター]③

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格好良いシーンばかりを描くのはつまらない

 バイクに乗り始めてからは、東京から実家のある三重までツーリングをしたり、仲間と大学対抗ラリーに参戦したりと、活動範囲が一気に広がった。さらに、大学のバイククラブの縁で、MCFAJ(全日本モーターサイクルクラブ連盟)のポスターイラストを担当。ギャランティ代わりに、モーターサイクリスト誌を紹介されたことから、バイクのイラストを描き始めることとなる。
「それが68年だったかな。それまで、バイクを描いたことはなかったんです。でも物を見て描く訓練は、それまで相当やってきたからね」
 描く対象が変わっても、これまでの経験で培ってきた技術があれば、戸惑うこともなかった。定規やコンパスを使わずに、フリーハンドで描かれる摺本さんの描線は、バイクのイラストでも存分に活かされた。限られたスペースの中で効果的に絵と文章を配置し、レイアウトも含めて一枚の作品として仕上げる独特のイラストレポートは、各出版社のバイク雑誌から引く手あまたとなる。
 プラモデル関連の仕事も増えるばかりだった。76年には自身の会社を立ち上げ、一時は10名ほどのスタッフを抱えていたほど。模型工作の本を制作したり、プラモデル以外の仕事にも手を広げていた。しかし第2次オイルショックの影響で、プラモデルの新作が激減。その煽りを受け、会社は解散を余儀なくされる。
「社長だった頃は、社員の給料を払うために仕事を確保することが仕事だったから、自分の作品を描けないジレンマがありました。僕は営業も下手だし、交渉ごとも苦手。オイルショックの影響もあったし、技術者に社長は向かないと分かって、会社を解散させることにしました」
 心機一転、再び一人になり、バイクイラストの仕事に取り組んだ。会社の借金返済のために、所有バイクのほとんどを売却していたが、82年には久しぶりに新車のR80GSを購入。48歳にして初めての、日本一周ツーリングに挑戦した。
 基本的に高速道路は使わず、海沿いの一般道を右回りに進んだ。もともと、根っからのロングツアラー。東京に住んでいた頃は、練馬から日本海まで日帰りツーリングすることが、健康のバロメーターだったというから恐れ入る。日本一周での総走行距離は1万406㎞。1日の走行距離は450〜500㎞で、朝5時に出発し、19時か20時まで走り続ける日々を22日間繰り返した。
「僕は観光地とかはあまり興味がなくて、自分が面白いと感じるものを探すのが好き。だからつねにキョロキョロ、面白い人や風景との出会いを探して走ってました。それがもう楽しくてね。この旅の行程を本にしたり、鈴鹿8耐の取材の模様をイラストで書き下ろした時に分かったんだけど、格好良い写真ばかり並べても、絵にならないし、本として纏める気にならない。一見ムダに見えるものを入れることで、逆に引き立つものがあるんです。それは、バイクの本を作って勉強したことですね」

profile
摺本好作/KOSAKU SURIMOTO
1936年三重県生まれ。大学浪人時代から模型工作の記事を雑誌に掲載。1958年からプラモデルの組み立て説明書を書き始め、多数のプラモデルメーカーの仕事を請け負う。1968年からバイクのイラストを描き始め、各バイク誌にイラストルポなどを掲載。バイクにまつわるスケッチ集も3冊出版する。2003年から群馬県渋川市に工房を構え、現在も木工作を中心にもの作りに取り組んでいる。

文/齋藤春子 写真/峯 竜也

→MOTORCYCLE MAN -オートバイのある人生- Vol.37 摺本好作[イラストレーター]④

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