MOTORCYCLE

ごめんね、パンアメリカ。君は素敵だ。

ハーレーダビッドソンがリリースしたアドベンチャーモデル、パンアメリカ。
いわゆる“ハーレーらしさ”とは別のところにある同モデルだが、
本当のところは果たして……?

文/日越翔太(Moto NAVI) 写真/ハーレーダビッドソン・ジャパン、日越翔太(Moto NAVI)

ハーレーダビッドソンのアドベンチャーモデル、パンアメリカ1250/1250スペシャルが発表されたとき、このバイクを買うのはいったいどういう層なんだろうと思った。

ハーレーというブランドのこれまでをふまえると、既存のファンでアドベンチャーモデルに興味を示す層は限られるだろうし、非ハーレーオーナーであればBMWのGSシリーズをはじめ、ドゥカティのムルティストラーダシリーズスズキのVストロームシリーズホンダのアフリカツインなど選択肢はいくらでもあるのだから、わざわざポッと出のパンアメリカでなければならない理由などない。もちろん、見た目が好みとか、信仰上ハーレーにしか乗れないなどの理由があるなら別だが。

それこそ、先日発表されたハーレーのスポーツスターSを思い出してほしい。これまでのスポーツスターとは大きく変わった。エンジン然り。デザイン然り。バイクに限らず、フルモデルチェンジしたり、今回のように同じ既存モデルの名前を引き継いだ新作というものは、たいてい賛否両論あるもの。しかし、新しいスポーツスターSは比較的受け入れられているように見える。しかし、パンアメリカはどうだ。どうしたハーレー。ご乱心か。正直なところ、そう思っていた。

時系列が前後してしまったが、少なくとも僕はパンアメリカの立ち位置に疑問を覚えていたので、あまり期待はせず、試乗会場となった群馬県の軽井沢町に足を運んだ。梅雨時に早朝から(自宅を出たのは午前5時)試乗会。それもわくわくしていないパンアメリカ。前日の夜、深夜に揚げ物を食べたせいで胃がもたれている(これは自分が悪いけども)。ニューモデルに乗れるという一点にのみ胸が高鳴るだけで、おおむね気乗りしていない。家を出た時点から降っている雨のせいで余計にテンションが上がらない。とにかくあまり前のめりではなかった。

3時間ほどかかった道中、雨が強く降ることもあったが、試乗会場周辺はなんとかくもりで持ちこたえている。開発経緯や装備、特長などについての一通りのレクチャーを受けたあと、さっそく試乗開始。

ん? これは……?
なめらかすぎるくらいなめらかに走り出したパンアメリカは、まるでハーレーらしくない。「鉄馬」だとか「大地を蹴るように加速する」なんてフレーズはまったく浮かんでこない。ただただ、なめらかに走るのだ。その乗り味はまぎれもなくアドベンチャーモデルのそれ。あの、「どこまでも行ける」と錯覚してしまう万能感がそこにあった。

そもそもハーレーが世に送り出すバイクの魅力は何か。それは数値に現れない情緒的なところにある。ジャンルはさておき、単純なスペックでは当然、ホンダのCBRやドゥカティ・パニガーレのようなスーパースポーツだったり、スズキ・ハヤブサやカワサキZX-14Rのようなメガスポーツには勝てない。でも、ハーレーはエモい。とにかくエモい。スペックでは語れないところにハーレーの良さがあり、選ぶ理由がある。言うまでもなく、そのエモさでは他メーカーの追随を許さない。

しかし、そんなハーレーブランドにありながら、パンアメリカは官能性がそれほど高くない。でも、それがこのバイクに乗るうえでマイナスに作用しているわけではない。代わりに抜群に乗りやすいのだ。ハーレーのようなクルーザーを苦手とするライダーが口を揃えて言うセルフステアによる強いハンドルの切れ込みなどもちろんなく、加減速、コーナリング、ブレーキング、そのすべてが狙い通りすんなり決まる。ライダーの意志に対してとても適切で、まさに意のままという言葉を体現しているようだ。

正直、乗り始めてすぐに面食らった。期待してなかったことを心のなかで恥じる。これは面白いバイクだ。アクセルを開けるほどにそれが確信に変わる。

バイク好きのなかには、車両の欠点だったり、ある種の乗りづらさを、「クセ」と呼んで愛でる人がいる。僕もそのクラスタだ。あばたもエクボというように、そのクセがあるからより愛せる、なんてことさえある。ベテランになるほど、そう思い込む人が多いかもしれない。むしろ、そういったクセ≒ツッコミどころがなくて乗りやすいことを、「味わいがない」「万人受けを狙っていてつまらない」なんて腐してしまうことすらある。昭和が終わり、平成も過ぎ、令和も3年が経ったいま、ライダーはもっと素直に良いものを良いと受け入れるときが来たのではないか。そう。乗りやすさは正義。まぎれもなく正義なのだ。乗りやすい≒安全に乗れるは成り立つし、その逆もまた成り立つのだから。

ここで改めて製品としてのパンアメリカについて話をしよう。そもそもこのバイクは、既存のハーレーの各モデル――スポーツスターやソフテイル、ツーリングファミリーなど――との共通点はほぼない。敢えて挙げれば、Vツインエンジンを積んだ大型バイク、という点くらいか。新設計のレボリューションマックス1250エンジンは、8750rpmで152PSを発揮するパワフルな水冷Vツインエンジンであり、性能と燃費の両立を図り、可変バルブ機構が組み込まれている。誰もがイメージする“ハーレーらしさ”には欠けるが、エンジンとしてはパワフルかつスムーズで申し分のない出来だ。今回の試乗では高回転域まで回せるようなシチュエーションはなかったが、回転に合わせて必要なパワーがしっかり感じられた。

つづいてデザイン面だが、特徴的なのはその直線基調のフロントフェアリング~ガソリンタンクのラインだろう。エンジンの上にブロックを積み上げたような直線的なラインは、有機的なラインが多い現代のバイクにおいてとても珍しい。ファットボブ同様の角張ったヘッドライトも目を惹く。異形ヘッドライトを見慣れたとはいえ、パンアメリカのように逆スラント型のフェアリングを備えた四角いヘッドライトは新鮮だ。また、ロードグライド同様、フェアリングがフレームにマウントされるので、見た目に反してハンドルの切り返しがとても軽い。地味なことだが、操作性を大きく左右する部分だけにありがたい。

また、フロントまわりがくちばしの長い鳥類のような造形が多いアドベンチャーモデルにおいて、この無骨な四角い顔はそれだけで個性的である。なんとなく同じ北米生まれのSUV車を思い起こすのは僕だけだろうか。洗練とは言いがたく、写真で見ているかぎりでは正直好みではなかったが、実際に見ると全体の雰囲気にはよくマッチしていて、アウトドアギア感のあるフォルムだった。

すべてむき出しであるバイクは、所有する時間が長くなるとともにヤレてきたり、傷がつくのは当然のこと。そうした姿さえ愛せるかどうか。その点、このタフなデザインは多少のダメージなら比較的気にならない気がする。……さすがにそのあたりは所有してみないことにはわからないけども。

そして気になる装備面だが、何と言っても注目はフロント、リアともに採用された電子制御式のセミアクティブサスペンション。走行状況に合わせて自動的にダンパー減衰力を調整するほか、5つのプロファイル(コンフォート、バランス、スポーツ、オフロードソフト、オフロードファーム)がライドモード(ロード、レイン、スポーツ、オフロード、オフロードプラス)に合わせて組み込まれている。と、ここまではこのカテゴリでは珍しいことではないが、上位モデルのスペシャルではさらにアダプティブ・ライド・ハイト機能と呼ばれる車高調整機能を搭載。停車時の車高を最大50mm下げることができる(シート高830mm)ので、足つきの不安もいくらか解消できるだろう。ちなみに身長177cmの僕であれば、停車中は両足かかとまでべったり接地する。なお、車高調整機能を持たないベースモデル(シート高890mm)の場合は、足の指の付け根が接地する程度。ライバルと比較して特別足つきが悪いわけではないが、少しでも不安に感じるようであれば、積極的にスペシャルを選ぶといいだろう。

ほかにも、アダプティブ・ヘッドライトやTFTタッチスクリーンなどの最新装備はもちろん、手動で高さを調整できるシールドにあると便利なセンタースタンド、スペシャルにはアルミ製スキッドプレートやブッシュガード、ステアリングダンパーなど、現代のアドベンチャーバイクとして考えられる装備は一通り網羅する。加えて、トップおよびサイドのボックスなどもオプション品として用意される。ザ・至れり尽くせりである。

ハーレーダビッドソン、パンアメリカ。試乗前の期待値が低かったとはいえ、その走り、デザイン、質感ともに、個人的にはグッとくるものがあった。ライバルとなる他社のアドベンチャーモデルと比較しても十分購入候補になるし、自信を持ってオススメしたいモデルだった。

なお、最後に気になる価格だが、ベースモデルのパンアメリカ1250が¥2,310,000円、スペシャルが¥2,680,000円となる。個人的には素のモデルで十分だが、パンアメリカを満喫するのであれば、電子制御サスペンションを装備するスペシャルを選びたいところ。タンクのデザインやカラーもスペシャルのほうがいまっぽいので、そのあたりは足つきなどカラダとフトコロの事情としっかりご相談を。加えて、今回のこのパンアメリカ登場に合わせ、ハーレーダビッドソン印のレブイット製アウトドアウェアもリリースされたので、ベースモデルとスペシャルの差額でそれらウェアを揃えるという手もある。そのあたりはゆっくりじっくり吟味してほしい。

ハーレーダビッドソン・パンアメリカ1250公式サイト
www.harley-davidson.com/jp/ja/motorcycles/pan-america-1250.html