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2016.02.02

MOTORCYCLE MAN -オートバイのある人生- Vol.41 青木宣篤[スズキMotoGPテストライダー]後編

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レースをやるなら勝てる体制で挑戦したい

 テストライダーとなって10年以上経つが、宣篤さんは現在も、現役グランプリライダー並みの技術や、フィジカルコンディションを維持する努力を続けている。なぜなら、レース走行の極限域になって初めて出てくるマシンの不具合も、テストで再現する必要があるからだ。
「いまスズキのライダーであるマーベリック(・ビニャーレス)なんて、俺の半分以下の年齢ですからね(笑)。そんな奴らとレースで同じ走りをしろと言われてもムリ。だけどテストコースでなら、彼らと同じ走りができる状態にはしています」
 もともとテストライダーとして契約した時も、年に何戦かのスポット参戦はいつでもできるように考えていたという。現在もそれだけの肉体とスキルを維持しているなら、レース復帰も可能に思えてくるが……。
「スプリントレースはムリだなぁ。テストでは、タイヤやサスペンション、エンジンの動きを逐一チェックして、センサーレベルを全開の10にして走ります。でもレースは、センサーを2ぐらいに落とさないと走りきれない。その切り替えも難しいんですよ。スピードは慣れだから、リハビリである程度いけるけど、マルケスの登場以来MotoGPの走り方は変わったし、フィジカル的にも一段レベルが上がった。いま出ても勝てる気がしないもん(笑)」
 宣篤さんにとって、レースは勝つために走るもの。長年参戦を続けてきた鈴鹿8時間耐久ロードレースも、ある程度成績を望めるチーム体制でないと、走りたくないと語る。
 14年の鈴鹿8耐でのアクシデントも、そのアグレッシブな姿勢が前面に出たからこそ起きたものだった。ケビン・シュワンツ氏、辻本聡氏と共に、ヨシムラジャパンのレジェンドチームに起用された宣篤さんは、第一ライダーとし出走。6周目の130Rで転倒し、5ヵ所を骨折する大怪我を負ったのだ。
「気持ちが前のめりになりすぎて、タイヤが滑ったんです。チーム的には、完走できればって空気だったんですけど、たぶん俺だけが『絶対表彰台に行く!』って気持ちになってて(笑)。またマシンの出来が良くて、コンディション的にも狙える感触だったんですよ。だからケビンと辻本さんに渡す前に、絶対トップ3内に入らなくちゃって、スプリントみたくなってた。人間、欲を出すとダメですね。抱えていたものの大きさに、転んでから気がつきました」
 抑えられなかったレーサーとしての本能。久しぶりに見せた姿に、家族も驚きを隠さなかったそうだ。
「自分でも、こうして椅子に座って振り返れば、『バカだな、もっと考えろよ』って思います。でも走ってる時は、考えられないんですよね」

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自宅の堀には、宣篤さんのレーシングヒストリーが刻まれている。このアイディアを考えた奥様は、建築時に大工さんと一緒になって文字を製作したそうだ。

マシンの性能も筋肉も限界まで使い込むのが好き

 子供の頃からレースと共に育ち、いまも「MotoGPという場所で働くことが生き甲斐」と語る。
「レースに嫌気が差したことは、1度もないんです。現役時代の思い出は苦しいことの大半。だけどこの間、元阪神の金本知憲さんが、『選手生活の95%は苦しかったけど、5%の楽しさがあるからやってこれた』って話をしていて、その通りだなと。やっぱり好きだから、苦労も乗り越えられるんですよね。苦しいけど、苦しくないというか(笑)。レースに限らず、プロのスポーツ選手はみんなそうなんじゃないかな」
 それだけ愛情を傾けたバイクやレースをもっと広く認知してもらうために、12年にはNPO法人「青木ノブアツ2輪促進委員会」を設立。次世代の子供たちにバイクの楽しさを伝えようと、いそがしいスケジュールの合間を縫って、キッズバイク教室を開いたり、ハルナモータースポーツランドでミニバイクレースを主催したりしている。
「サッカーとか野球とか、大抵のメジャースポーツは体験プログラムがありますよね。それをバイクでやりたかったんです。バイクを始めるには車輌を買ってヘルメット買って……と、最低でも10万円はかかります。このご時世、お試しでその金額を出せる人はいない。だから、まず試せる機会を作ろうと考えました。ここで体験してみて、自分にバイクは合わないなって感じても、それはそれでいいんですよ。その中の誰かが、免許を取れる年齢になった時、『あの時に乗ったバイクは楽しかったな』って思い出してくれたら、俺のミッションは成功だと思います」
 バイクにかける情熱は尽きないが、自身のプライベートで、のんびりバイクを楽しむ機会はほぼないのだとか。長らく99年式のハヤブサを愛車にしているが、ツーリングに出かけたのは数えるほど。
「じつはツーリングで楽しいと思ったことが、全然なくて(笑)。結局バイクの持つ性能を、フルに使いたくなってしまうんです。たとえば長野まで出かけようと誘われても、ハヤブサで行くより、原付を全開にして行く方が断然おもしろく感じてしまう。とにかく最大限、壊れる寸前まで使いきるのが好きなんですよ」
 ちなみに、趣味の自転車トレーニングでも、ギリギリまで筋肉を追い込むのが大好き。最近挑戦しているトライアスロンも、勝敗は気にせず楽しもうと心に決めたはずが、気がつけば、タイムや順位を気にするようになってしまったそうだ。
「ずっとそうやって生きてきたから、いまさら変われない(笑)。つねに前しか見てないんですよ。やっぱイノシシ年生まれだからかなぁ」

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青木宣篤/NOBUATSU AOKI
1971年生まれ・群馬県出身。10歳からポケバイに乗り始める。93年からロードレース世界選手権に参戦を開始、97年に500ccクラス・ランキング3位を記録する。05年からはスズキのMotoGPマシンの開発テストライダーを務めている。09年にヨシムラスズキで優勝した鈴鹿8時間耐久ロードレースへの参戦は、現在も継続中、12年にNPO法人「青木ノブアツ2輪促進委員会」を立ち上げた。

文/齋藤春子 写真/峯 竜也

→MOTORCYCLE MAN -オートバイのある人生- Vol.41 青木宣篤[スズキMotoGPテストライダー]前編

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