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2016.04.21

自分もユーザーだからユーザーの心に響くことがわかる

MOTORCYCLE MAN -オートバイのある人生- Vol.42 野口英康[KTMジャパン代表取締役社長]前編

走ることも、いじることも、眺めることも、オートバイの全てが好きだと語るKTMジャパンの野口英康さん。日本のKTM人気を押し上げた立役者であり、いまも、いちライダーとして走り続けている行動派社長のパワーの源とは。

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自分なら、どんな会社のオートバイを買いたくなるか

 二輪&四輪業界広しといえ、野口英康さんほど、つねに現場に立ち続けているメーカー社長も珍しいのではないだろうか。KTMが主催する試乗会やイベントはもちろん、全国の各種オートバイイベントにも積極的に参加。オン/オフ問わずサーキットにも足を運び、レースファンとして声援を送りながら観戦を楽しむこともあれば、ひとりのプライベートライダーとしてエンデューロレースに参戦している時もある。
「現場に行くことが多いのは、僕が行きたいから。そしてKTMが、それを止めない会社だからでもあります。立場的な問題として、社長が現場にいることを、必ずしも良しとはしない会社もありますからね」
 そしてどの現場でも、ユーザーとの距離がすこぶる近い。イベント会場でもレース場でも、来場者と交流を深め、ライダー達のリアルな意見に熱心に耳を傾けている。
 こうした仕事ぶりは、つねにユーザーの視点を忘れない、野口さんの姿勢の現れだ。5年前、KTMジャパン社長に就任した時も、顧客からのどんな質問にも答えられるようにと、全車種を徹底的に勉強した。
「だって僕だったら、社長が自社の製品を理解していない会社のバイクなんて、買いたくないですもん。自分がバイク乗りなので、ユーザーが『バイクメーカーの人はこうあってほしい』と望むような人間になりたいんです。オートバイって、暑さも寒さもしのげないし、雨には濡れるし、埃っぽくもなる、どうしようもない乗り物でしょう(笑)。だけどそれを、高いお金を出して買ってくださる方たちがいるから、僕たちの仕事は成立している。それを忘れないでいようと決めているし、その思いがブレたことはないですね」

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人生の半分の時間は仕事その時間をムダにしたくない

 バイクブーム世代の野口さんだが、中学まではサッカー少年だった。初めてオートバイに触れたのは、「高校の時の彼女が乗っていたZ250FT」。16歳で免許を取ってからは、ロードレースに熱中した。バイクショップで働きながら、整備士免許を取得。その後、バイク雑誌の編集部に勤めはじめたのも、オートバイやレースと関わる仕事に就けば、自分のレース活動にもメリットがあると思ったからだという。
 レースをやめてからも編集の仕事は続けたが、ある時、一度オートバイの仕事から離れてみたくなった。
「オートバイが好き過ぎて、仕事にするのがイヤになっちゃったんです。でも、タイヤの付いたものは何でも好きなので、四輪メーカーで働こうと。だから二輪を作らない会社で、僕の好きな趣味性の高いクルマを作る、マツダに就職しました」
 マツダには、北米駐在員としてワシントンDCで過ごした5年を含めて、10年間勤めた。営業にはじまり、商品企画や広報などいくつもの部署で、さまざまな業務を担当したそうだ。それだけの部署異動を経験するのは、社内でも異例のこと。とにかく、自分がやりたい仕事を周囲にアピールし続けた結果だという。
「飽きっぽいから、ひとつの場所にずっといたくないし、やりたくない仕事はしたくない。僕は仕事大好き人間とは違うけど、人生の半分くらいの時間は、仕事してるわけじゃないですか。だったらその時間をムダにしたくないし、そのための努力ならするんですね。だからいま考えたら何様だよ、って自分でも思うけど、『クビにするか異動させるか、どっちかにしろ』って迫りました。僕はエリートでも、技術者でもない、学歴は高卒の新入社員だから、失うものもなかったんです(笑)。当時はバブルだったから、仕事なんかいくらでもあると思っていたし」
 自他共に認める変わり者の社員だったが、その型破りな面白さを買ってくれる上司も少なからずいた。英語の話せない野口さんが海外赴任を命じられたのも、そんな上司からの推薦があったからだという。
 そしてマツダでの経験と実績は、後にハーレーダビッドソン・ジャパンに転職してから大きく役立つこととなる。なぜなら、ハーレージャパンが取り扱いを開始してまだ間もなかった、ビューエルの専任担当者として採用されたからだ。
 野口さんが担当になった頃のビューエルはリコールが多発し、故障が頻発する代物。その対策を厳命された野口さんは、アメリカ・ミルウォーキーのビューエル本社と日本を、幾度となく往復することになった。

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野口英康/HIDEYASU NOGUCHI
1965年京都生まれ。バイク専門誌の編集者から、四輪メーカーの北米駐在員を経て、98年にハーレーダビッドソン・ジャパンに入社。2010年の販売終了までビューエル車の販促や広報を手がけた。2011年にKTMジャパン代表取締役に就任。数えきれないほどのバイク歴を誇り、現在もRC8、390DUKEなど10台近い愛車を所有。200EXCでエンデューロレースにも参戦している。

文/齋藤春子 写真/峯 竜也

→MOTORCYCLE MAN -オートバイのある人生- Vol.42 野口英康[KTMジャパン代表取締役社長]後編

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