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2016.09.29

10代で経験したことは忘れない。ララバイはボクの青春を描いた。

『あいつとララバイ』作者、楠みちはる、ロング・インタビュー

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少年マガジンで8年間にわたり連載された『あいつとララバイ』は、同時期に連載された『バリバリ伝説』とともに、当時の若者に支持され、80年代バイクブームを牽引する作品となった。作者の楠みちはる氏が語った、バイクとの出会い、連載秘話、そしてZ2への想い。これまで語られることのなかった、“ララバイ”フリーク必読のロング・インタビュー。( MOTO NAVI No.84 2016年10月号掲載)

バイクに目覚めた学生時代
衝撃を受けた岩城滉一のZ2

─ 楠さんはこれまで、メディアのインタビューなどに登場されないという印象がありました。今回は機会をいただけて感謝していますし、読者にも喜んでもらえると思います。

「モトナビだから出たんだよ、いやホント(笑)。モトナビが創刊した頃、連載させてもらったじゃない?あれをフェイドアウトしちゃって、悪いと思ってたから。役に立ててよかったよ」

─恐縮です……(汗)。僕は67年生まれで、バイクの免許を取ったのは83年ですから、まさに『あいつとララバイ』が少年マガジンに連載されていた時代です。影響受けまくりでした。

「〝バリ伝〞読んでたんでしょ?(笑)」

─いやいやいや、"ララバイ"を読んでましたよ(笑)。

「ボクは四国の高知出身で、田舎だから中学生のときからバイクに跨ってたんですよ。69年に僕が中1のときにホンダのCB750が出た。これはスゴイと思って、高校になってすぐ中古で買った。でも事故って潰しちゃって、なんだかんだで高校中退。それで働いてたんだけど、結局ダブって復学した。だから高校はトータル4年行ってるの。そのころにZ2を買ったんだよね。

─まさに"菱木研二"を地でいってるような高校時代ですが……。

「そんなカッコイイもんじゃなかったけどね(笑)。じつはZ2って当時はそんなにイケてなかったんですよ。そもそも〝ゼッツー〞なんて呼び名がなかった。〝Z1〞はあったけど、それは輸出モデルで手の届かない存在。国内仕様は〝RS750〞って言われてて、W3(ダブサン)と呼ばれた〝RS650〞の兄弟モデルという位置づけだった。どっちかというとツーリングバイクだよね。

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─当時は暴走族も問題になっていたから、メーカーも性能や「走り」を謳いにくかった時代ですよね。

「そうだね。でも、意外や意外、RS750に集合管を付けて、まっ黒に塗るとえらいカッコよくなるんだ。初めてそれを映像で見てね。

─キャロル解散コンサートのフィルムの冒頭で、岩城滉一さんがZ2に乗って、原宿の街を走るシーンですよね?

「そうそう。永ちゃんやキャロルが好きだったから、あの岩城洸一とZを見て衝撃受けたわけ。なんてカッコいいんだ、ってね。その後、岩城滉一主演の「『爆発! 暴走族』って映画も観たら、内容はつまんないんだけど、岩城滉一だけがカッコいいんだよ。だからその頃は、気分はすっかり〝コーイチ〞になってZ2を乗り回してたよね。

─楠さんがマンガを描き始めたのはいつ頃ですか?

「子どもの頃から好きで描いてたんだけど、バイクにハマってから描かなくなっちゃって。高校を出てからは大阪でバーテンダーをやってたから、夜遊びやら音楽やらで忙しくてね。みんなでツルんで遊んでたんだけど、76年に出版された永ちゃんの『成り上がり』を読んで、ショックを受けた。ああ、なんかちょっと努力みたいなこと、しなくちゃなあと。ほら、単純だからさ(笑)」

─それでマンガを描き始めたと。

「そう、大阪のアパートでコツコツとね。よく言うんだけど、僕の13歳から18歳ぐらいまでを描いたのが『あいつとララバイ』で、それから20歳ぐらいまでを描いたのが『シャコタン☆ブギ』。高校をダブったりしたことも、全部含め〝取材〞だったと割りきって、これを面白おかしくマンガにしようと思ったんだよ。で、同じアパートの連中が大学を卒業して上京するやつなんかが出てきて、なんとなく、オレも行こうかなあ……なんて思って、いろいろ整理して東京に行ったんだけど」

──上京してすぐ仕事はあったんでしょうか?

「そりゃないよ。だから競馬新聞の輸送をするバイトをしたの。新聞社と競馬場をバイクで走ってね。バイクにも乗れるしいいだろう、と」

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ララバイ連載スタート秘話
ヨコハマを舞台にした理由

─マンガ家としてのデビューはいつ頃決まったんですか?

「大阪時代に少年チャンピオンに作品が掲載されて、いちおうデビューはしてたんだけど、本格的には上京してからだね。いくつかの出版社に持ち込んだけど、結局講談社に決まった。『ララバイ』の原型になった『ふたりはアイラブユー』っていう読み切りで新人賞を取って、その後少年マガジンで『あいつとララバイ』の連載が始まった。じつはマガジンの中の〝つなぎ〞の連載で、ホントは半年ぐらいの予定だった。まあ9回やればコミックスが出せるから、〝9回まではやろう〞と言われて始まったの」

─それがまさか8年、全39巻におよぶ長期連載になるとは、夢にも思わなかったわけですね。

「思わないよね。最初のラブコメ路線も編集部からのリクエストだし。連載前に800枚ぐらい描いてたネームがあって、それは人を殺して少年院から出てきた男が主人公だった。それがちょっと時代的に合わないっていうんで、60枚だけ残してぜんぶ捨てた。その当時のマガジンでは『翔んだカップル』や『胸騒ぎの放課後』っていうラブコメ漫画が売れてて、僕のキャッチフレーズは〝最後のラブコメ作家〞だったんだから(笑)。新人だし発言権なんてないから、編集にやれっていわれたことをハイ、ハイってね。」

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楠みちはる/Michiharu Kusunoki
1957年生まれ。高知県出身。1981年〜89年まで少年マガジンで『あいつとララバイ』を連載。当時のバイクブームの牽引役となった。『シャコタン☆ブギ』、『湾岸ミッドナイト』、『湾岸ミッドナイトC1ランナー』、『銀灰のスピードスター』など数多くのヒット作を残す。現在『神様のジョーカー』(イブニング)の原作、『特別のEGOIST』(ビッグコミックオリジナル)を連載中。

聞き手・まとめ/河西啓介
写真/高柳 健(人物)、編集部(本)

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