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2015.03.18

好きなことしかやらない、それが人生の鉄則

MOTORCYCLE MAN -オートバイのある人生- Vol.37 摺本好作[イラストレーター]②

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日本のプラモデル黎明期から組み立て説明図を手がけた

 幼い頃から模型飛行機作りが大好きだった摺本さんが、月刊誌に模型製作記事を書くようになったのは、大学浪人時代のこと。初めて原稿が誌面に掲載された雑誌は、1956年の『世界の航空機』だった。
「大学は建築科でしたけど、入るまでに3年浪人、しかも留年で8年在籍してから退学したんです(笑)。夜間部に通う勤労学生だったんですけどね。好きなことをやる仕事に熱中してたら、やりたくない勉強の成績がどんどん落っこちちゃった」
 雑誌の仕事を始めたきっかけは、浪人時代に出会った模型好きの友人が、ある航空雑誌に原稿を書いていると知ったことだった。
「僕は、とにかくたくさんの模型飛行機を作ってきて、設計図なんかも自分で描くようになっていました。設計も絵も描けるし、写真も撮れる。模型製作の記事なら、自分も書けるんじゃないかと思ったんです。そこで、編集部に持ち込みに行ったら、仕事が決まったんですよ」
 これを皮切りに、『模型とラジオ』、『子供の科学』、『航空ファン』などいくつもの月刊誌で連載するようになった。当時の下宿代が1日2食付きで月6000円。こうした雑誌の原稿料は月8000円ほどになり、充分自活可能な金額だった。
 さらに雑誌の原稿が、新たな仕事も呼び込んだ。誌面を見たプラモデルメーカー・マルサン商店が、摺本さんの模型知識と製作過程の説明能力を評価し、プラモデルの組み立て説明図の仕事を依頼してきたのだ。その説明図は、1958年に発売された日本で最初のプラモデル、「ノーチラス潜水艦」のものだった。
「そこから、プラモデルの説明書を書く仕事が始まりました。一時期は30以上あったプラモデルメーカーの、半数以上の会社から仕事を受けてましたね。多分、書いた数だけなら日本一だと思う。ということは、つまり世界一なんですけど(笑)」
 23歳で買った初めてのバイク、ホンダ・ドリームC70も、プラモデルを通じて知った車両だった。
「マルサンでC70のプラモデルを作ることになって、設計図を頼まれたんです。写真を撮って、設計図を書いていくうちに、バイクって面白そうだなって思ったんですね」
 夢中になると止まらない生来の探求心は、バイクに対しても発揮された。C70購入から1年未満でCS71に買い換え。以降、気になるバイクを見つけては、次々に買い換えや買い足しを続け、気づけば、乗り継いだバイクが40台を超えていた。
「乗ってみると、どの車両も面白くて、なかなか落ち着かなかったですね(笑)。でも排気量なら650㏄止まりというか、あまり大きすぎたり、重いバイクは好みじゃなかった。乗りたいのは170㎏くらいまでのバイク、というのは、自分の中でなんとなく決まってきました。馬力も、50馬力あれば充分ですから。それは今も変わらないですね」

profile
摺本好作/KOSAKU SURIMOTO
1936年三重県生まれ。大学浪人時代から模型工作の記事を雑誌に掲載。1958年からプラモデルの組み立て説明書を書き始め、多数のプラモデルメーカーの仕事を請け負う。1968年からバイクのイラストを描き始め、各バイク誌にイラストルポなどを掲載。バイクにまつわるスケッチ集も3冊出版する。2003年から群馬県渋川市に工房を構え、現在も木工作を中心にもの作りに取り組んでいる。

文/齋藤春子 写真/峯 竜也

→MOTORCYCLE MAN -オートバイのある人生- Vol.37 摺本好作[イラストレーター]③

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