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2015.09.22

1人で革ジャンを縫い上げる、それがなによりも楽しかった

MOTORCYCLE MAN -オートバイのある人生- Vol.40 深野正孝[カドヤ会長]前編

今年で創業80周年を迎えた、歴史ある革ジャンメーカーのカドヤ。これまでいくつものベストセラーや名作モデルを生みだしてきた、老舗ブランドの技術と革新の歩みについて語ってもらった。

kadoya_03カドヤ本社ビルの6 〜7階にある工場フロアで、現在の社長である3代目の将和さんと一緒に。カドヤ製品の特徴である品質の追求と、昔ながらの職人気質は3代目にも受け継がれている。

皮服の仕立てが評判を呼びバイク用ウェアにつながった

 日本で最も長い歴史を持つ、バイク用レザーウェアメーカーのカドヤ。1935年、東京・浅草の地にオーダーメイドの皮服店として誕生し、今年で創業80周年を迎えた。
 「オヤジがオートバイが好きでね。自分がものごころついた時には、すでにバイクと革に囲まれていたんだ。俺は中学を卒業して服の専門学校に行ったんだけど、その頃はオヤジのスクーターとかをいたずらして乗ってたよ。当時だからもちろん外車で、メーカーも覚えてないけど、よく乗り回してたね」
 創業者の深野正次郎さんを父に持ち、現在は同社会長である深野正孝さんは、少年時代をそう振り返る。
 創業当初のカドヤ皮服店は、革製品のオーダーや修理、染め替えが仕事の中心だった。もともと浅草は革問屋が多い土地。近隣に生地問屋も多く、裏地やファスナーなどの仕入れにも事欠かない。こうした環境が後に〝オーダーに強いカドヤ〞という特色を生むことにつながった。
 ハーフコートやジャケットなどのスタンダードな紳士服に加え、革で作る角袖(袖を角形に仕上げた和服)など、下町らしい粋なオーダーも珍しくなかった。土地柄もあり、落語家や講談師など、芸人の顧客も多かったという。そんな中、革製品の仕立ての良さが評判を呼び、浅間火山レース用のツナギや、全国自動二輪交友会メンバーに向けた革ジャンパーなど、徐々にバイク用レザーウェアの注文が入るようになった。
 「製品を完全にライダー向けにしたのは自分の代からだけど、オヤジの頃にも注文はあったね。オーダーで革の服を作る店は少なかったし、まして自分のとこで工場を持って縫うジャンパー屋なんて、まずなかったから。紹介とか、クチコミっていうのかな。『カドヤで作りたい』と、遠くから来るライダーもいたよ」
 その技術を継承すべく、正孝さんは父とベテラン職人の下で腕を磨いた。当時の職人の世界は、「技は見て覚えろ」という厳しいもの。ミシンはまだ電動化前の、重いペダルを踏む足踏みミシンであり、アイロンも炭を起こして使う炭火アイロンで、体力的にもハードな世界だった。
 「もちろん最初は、文字縫いをしたり、細かいポケットを作ることから始めてね。基礎がちゃんと身につかないと、ジャケット一枚は作れないんだよ。たとえばチャックを取り替える時に、ひと針ひと針、もとのミシン目と同じ場所に針を落とせないようじゃ職人とは言えない。ジャンパーの長持ちするしないは、裏地の縫製や、糸ひとつとっても結び目の処理だとか、表からは見えない細かい部分で決まってくるからね。俺はそういう職人さんに育ててもらったし、その技術を、後の世代の職人さんに伝えてきた。今も品質の良さにかけては、うちで作る製品はどこにも負けていないと思うよ」

kadoya_01

ライディングウェアの世界で新たな挑戦をかさねた

 正次郎さんが、職人と共に試行錯誤を重ねて積み上げてきたライダースウェアづくりのノウハウは、正孝さんが1975年に2代目社長に就任してから、一気に花開いた。80年代に起こった一大バイクブームも追い風となり、カドヤは日本のみならず、世界的に名を知られるレザーウェアメーカーへと成長していく。
 アイデンティティであるフルオーダーに加え、優れた品質とデザイン性を併せ持つベストセラーモデルが次々に誕生。ライダーの求める機能を盛り込んだ、個性的なブランドもいくつも生まれた。現在も根強いファンを持つ、二輪ジャーナリスト・佐藤信哉氏プロデュースによる〝バトルスーツ〞など、ライディングウェアの革命的モデルも数多い。
 「バトルスーツはこれまで3500着ぐらい作ったのかな。信哉さんのアイデアを形にした『GODSPEED』は、5000着以上売れてるからね。ほかにも、NEWCONCEPTERの『PRJ』シリーズは1万5000着以上作っている今でも人気の商品だし、ロングセラーになったジャケットはいくつもあるよ。いままでで一番気に入っているモデル? それは選べないねぇ。ひとつずつ、みんな思い入れがあるもの」
 ニーズの高まりと共に、自社工場だけでは手が回らなくなり、海外生産モデルも増えた。しかしその場合も、日本から職人を派遣し、クオリティ維持を徹底させたという。
 「海外生産でも革の検品からやって、パターンはこっちで引いて、職人さんが向こうで暮らしながら工場を見てるからね。効率は悪くても、そういう品質がなきゃお客さんの支持は続かないよ。だからどんな時でも手は抜かない。一度手を抜くと、みんながそうなっちゃうんだよ」
 クオリティを何より優先する。その姿勢の象徴が、創業以来、本社工場で受け継がれる「一人一着縫い」だ。これは一枚の服を作る時に、裁断から縫製、検品まで一人の職人が一貫して手がけるというもの。袖なら袖、衿なら衿だけを縫うなど、分業した方が効率は良いが、一枚ずつ異なる革の状態を見極め、すべての部分を均一に、かつ高品質に仕上げるための、譲れないこだわりだ。
 「オヤジは昔、テーラーもやってたからね。紳士服は一着縫いが基本。だから、革を仕立てる技術も高かった。絶対に一人で一着を縫い上げるし、流し仕事はしない。その姿勢が、俺にも染みついているんだよ」

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深野正孝/Masataka Fukano
1942年東京都生まれ。1975年にカドヤ社長に就任してからは事業内容をオートバイ分野に特化、拡大。バイク用レザーウェアのパイオニアブランドとして、さまざまな人気モデルを誕生させた。10代から服づくりを学び、自らも職人として長く活躍。プライベートで乗り継いだバイクの経験を、製品づくりに活かしていた。近年は店頭に立つ機会も多く、その気さく人柄を慕う顧客は数多い。

文/齋藤春子 写真/峯 竜也

→MOTORCYCLE MAN -オートバイのある人生- Vol.40 深野正孝[カドヤ会長]後編

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