MOTORCYCLE

手を動かして世界観をつくる

埼玉の国道沿いにあるカフェを併設したカスタムバイクショップ。
ビルダーであり実業家でもあるオーナーが見せてくれたのは、
より高き理想を求めて奮闘する姿だった――。

文/日越翔太(Moto NAVI) 写真/高柳 健

もっと自分の世界観を表現したい

古くから交通の要衝として知られる埼玉県越谷市。その市内を縦断する大動脈、国道4号線の路面から一段下がった土地にその建物はある。つまり、4号線から見えるのは2階部分のみという立地だ。

「よく1階と2階を逆にしたほうがよかったんじゃない? って言われるんです。いまとなっては確かにそうだったのかもな、って(笑)」

そう語るのは、その2階で「車坂下モトサイクル」を、1階では「まだ名前のないカフェ」を経営する野呂裕二さん。“複業家”を自称し、「サンダーモーターサイクル」という名前で中国メーカーが手掛ける250ccクルーザーを輸入販売したり、トレーラーハウスを使った事業など、いくつもの仕事を切り盛りしている。だが、あくまで本業はカスタムビルダー。ヨコハマ ホットロッド・カスタムショーなどでの受賞歴は、枚挙に暇がない。

「兄の影響で10代からバイクに乗り始め、バイク屋でバイトしながら走り回ってました。25歳で独立し、車坂下は21年目になります。独立して10年くらい経ったころから、“このままでいいのかな”と考えるようになって。どんな仕事でも同じですが、バイク屋にもいくつかの壁がある。僕の場合はそれを乗り越えるために店を大きくしようと決め、過去2回引っ越して、ここが3店舗目です。労力はかかりましたが、それでも大きくしたい気持ちがあったんです」

その言葉通り、店が入るのはかつてリサイクルショップだったという大きな建物。しかし、いろいろと問題を抱えて放置されていた物件を、広さが気に入って借り、リノベーションして2021年にオープンさせた。

「若いころ、独立資金を貯めるためにバイク屋と並行して材木屋でも働いてたんです。だから木材は扱えるし、ビルダーなんで金属加工もできる。なのでカフェの内装や什器は僕の手作りなんです。ただ、こうやっていろいろできてしまうせいで、逆にカスタム屋としてはお客さんの要望に全部応えてしまうところがあります。仲が良いカスタムショップにブラットスタイル(東京・赤羽)の高嶺 剛さんっていらっしゃるんですけど、高嶺さんくらいになると全部ビルダーに任せてもらえるようになる。そうなると結果的に作ったバイクが高額になってしまっても、仕事の価値をわかってくださるお客さんがついてくれる。そういったショップにはその店なりの色があって、一瞬でわかる世界観がある。自分にはまだそれができていないんです」。

2階に並ぶ車両を見ていると全然そんなことはないですよと言いたくなるのだが、バイクのカスタムに限らず、ひとつの世界観を確立すると万人受けしなくなり、かえって間口が狭くなることがある。その一方で「器用貧乏」という言葉があるように、何でも屋では生き残れない。野呂さんは自分のカラーを示すべく、実績を重ねたいまも若いころと同様に奮闘し、もがき続けている。

「カフェに来るお客さんはバイクに興味なくやってくる人がほとんど。そこはあえて意識して、バイクとカフェをリンクさせないようにしています。カフェの前にバイクを停めるのは禁止。それが嫌なら来なくていいし、実際に帰ってもらったこともあります。そこまでするのは、近隣の民家への気遣いでもありますが、バイクとカフェ、それぞれの世界観、カッコよさが濁ってしまうと思うんです。バイクだけでも車坂下とサンダーがあるんですが、カスタム好きな方からは、“ゴリゴリのカスタム屋さんだったのに、中華製バイクなんて扱うんだ”という位置づけになってしまう。自分のブランディング、色づくりを考えると、車坂下、サンダー、そしてカフェをそれぞれ独立したものとしてやっていくことで、本物のカッコよさを表現できるんじゃないかと、ここ最近とくに考えるようになりました」

バイクとカフェを融合させて接点を多く持とうとするのではなく、あえて別物とすることで独立した世界観を構築する。しかし、そこはやはり、野呂さんのある強烈な体験、そして発見があって繋がっていた。

「高校3年のとき、雑誌で見たカッコいいバイクが見たくて横浜の大黒ふ頭に行ったんです。当時そこは無法地帯。ワルに憧れてたとはいえ地元でもないし、ビビりました。でもあそこで見た光景は本当にセンセーショナルで、震えるくらい衝撃でした。あのころ仲間とはいろんなところでそういった文化に触れ、俺たちも負けないぞと走り回って、自分の存在をアピールしてました。暴走族ではなく、アメリカンやカスタムの文化が好き。その延長線上で自分がやれることを探したのが、ビルダーとしてのスタートなんです。かたやカフェは妻がカフェ巡りが好きで、それに付き合ったのがスタートです。はじめは興味なかったんですが、あるときカフェで仕事や読書をすると、すごく集中できている自分に気づいたんです。そこで、カフェとは飲食だけではなく、空間にお金を払っているんだと気づかされたんです」

大黒ふ頭、そしてカフェで野呂さんに与えられた天啓。そこで感じたものこそある種の世界観であり、後の人生に大きな影響を与えたそれを、いまは自らの手で構築していこうとしているのだから、人生は面白い。

SHOP INFORMATION

車坂下MOTO-CYCLE
新旧ハーレーの各モデルを中心に、国産クルーザーをはじめとするさまざまなジャンルのバイクのカスタム、メンテナンス、車検などを手掛ける。中古車やオリジナルパーツの販売も。
埼玉県越谷市南荻島4016-1
10:00~20:00(水、木、第3日曜定休)
048-940-5118
kurumazakasita.com

まだ名前のないカフェ
ブルックリンスタイルの内外装が印象的な大きな店舗に、70席を設けたゆったり感が心地良いカフェ。チキンとエスプレッソと焼き菓子がウリだが、土~月のみスペシャルメニューの手打ちそばも提供。
埼玉県越谷市南荻島4015-9
11:00~16:30(木曜定休)
048-940-5118
ogishimacoffee.amebaownd.com