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掘りに行こうぜ、源泉を

労働後の温泉は最高だ。だったら源泉を掘って入ればもっと気持ちいいんじゃ……?
その衝動を抑えられなくなったナビカーズ編集部は、長野県へと向かった。
※こちらの記事はナビカーズ Vol.41(2019年5月号)に掲載されたものを再編集したものです

文/日越翔太(NAVI CARS) 写真/高柳健

「あ〜、いい。いいですよ、このお湯。川の水とはいえ、厳密にいえば100%源泉かけながしではないけど、すごくいい。思いのほか温まりますね〜」
そう言って立ち上がった男性の体は芯まで温まったことを証明するように、真っ赤に茹で上がって(?)いた。そこは山あいの川原。男性は一体ここで何をしているのか?

さかのぼることおよそ5時間。取材班は、ひとりの男性と接触していた。彼の名は酒井智啓さん。映像制作会社を経営しながら、しっかり趣味のアウトドアライフを楽しんでいる生粋の趣味人だ。そんな酒井さんの趣味のひとつが、日本各地の源泉(温泉が湧いている場所)を巡ること。もとは知人の湯治に付き合っていたことから始まったというが、いまやすっかり酒井さんの趣味のひとつになってしまっていた。
「ひとくちに温泉と言っても、湧いたお湯にそのまま入れるところばかりではありません。多くの温泉では温度調整のために加水して温度を下げたり、冷泉を沸かして適温にしたり、湯量が不安定なところではお湯を循環させることで量を調整していたりします。そういった場所だと、やはり源泉かけ流しのところと比べると、効能を感じにくい。そう思うようになってからは、温泉に行く前に電話して確認するようになりました。とはいえ、源泉100%と謳っている温泉でも、噴出量が少ない時期は加水している……な〜んてこともあるので要注意です!」

そんな温泉トークを肴に、クルマは都心を抜け、関越自動車道を北上する。目指すは長野県栄村にある「切明温泉」。村内を流れる中津川の脇に温泉が湧いており、川床を掘ることで源泉を楽しめる。泉温が約55℃と高いのでそのまま浸かることはできないが、そこは川原。掘った穴に川の水を引き込むことで、温度を調整しながら入れるという実に野趣あふれる楽しみ方ができるのだ。
関越道の谷川岳PAを過ぎ、群馬と新潟の県境の長い関越トンネルを抜けると気分はもう川端康成。さらに進んで、Uターンするイメージで、山道をまた長野方面へと南下する。そうしてつづら折りの深い山道を抜けた先に、お目当ての切明温泉はあった。かつては信濃三大秘境と呼ばれた秋山郷の最奥に位置し、周囲は見渡す限り山、山、山。そしてその上には青い空だけが見える。

駐車場にクルマを止め、スコップとタオルを用意。小さな橋を渡って川原へ降りる。そこには大小さまざまな穴が点在しており、水面をよく見ると川床からポコポコと空気が上がってきている。つまりそこに温泉が湧いているということだ。酒井さんは水の温度を確かめながら場所に目星をつけ、スコップで掘り始める。……が、やはり石が多くてなかなか進まない。そこでまずは大きな石を手でどかし、下地を整えてから掘っていく。やがて足をつけられるほどの大きさになったので、足湯としゃれこもうと裸足になる酒井さん。手で触るとほんのり温かかったが、足をつけると、「水だなぁ」とひとこと。となるともうやるべきことはひとつ。これまでたくさんの人が掘ってきたであろう、池ほどの大きさの穴(?)に入ることに。とはいえ所詮は川の水。大部分はただの水に過ぎない。冷たい冷たいと言いながら、湯気や藻を見ながら温かい水域を探す。「あ! ここならいける!」と肩まで浸かり始める酒井さん。湯気が立ち上る川でくつろぐ絵面はバツグンに楽気持ち良さそう。
皮膚病やリウマチ、神経痛など、温泉の効能でよくなる病気はいろいろあると聞くが、いちばんの効能は心を豊かにすることなのではないだろうか? そう思うに値する温泉が、信濃の山奥の奥、秘境と呼ばれる土地の川原にあった。


クルマでしかたどり着けない!全国源泉・野湯リスト

北海道

①蟠渓温泉/オサル湯
北海道有珠郡壮瞥町字蟠渓
国道453号のすぐ脇を流れる長流川が名前の由来。付近にクルマを停めて斜面を降りればすぐに到着。アクセスの良さが光る。

②水無海浜温泉
北海道亀田郡椴法華村恵山岬
海水浴の延長線上にあるような海沿いの温泉。入れるかどうかは潮の満ち引きに左右されるので、事前に函館市のHPで確認を。

③奥の湯
北海道川上郡弟子屈町屈斜路
屈斜路湖に突き出た和琴半島の東部に位置する。野湯というより、ほとんど屈斜路湖そのものなので開放感あり。

④オヤコツ地獄温泉
北海道川上郡弟子屈町屈斜路
奥の湯と同じく和琴半島にある野湯。屈斜路湖はマリンスポーツを楽しむ人も多いので、水着着用が望ましい。

⑤然別峡温泉/鹿の湯
北海道河東郡鹿追町然別峡
然別峡(シカリベツキョウ)野営場にある野湯で、雰囲気を壊さない程度に整備済み。近辺の野湯では最も初心者向きといえる。

⑥然別峡温泉/テムジンの湯
北海道河東郡鹿追町然別峡
然別峡野営場から道なき道を草こぎしながら川沿いに進んだ先にあるテムジンの湯。当然ながら冬季はアクセスできない。

⑦然別峡温泉/ペニチカの湯
北海道河東郡鹿追町然別峡
近隣の源泉のなかでは最も規模が大きく、地元住民によって整備されている。引きこまれる川の水によって水温はぬるめ。

⑧カムイワッカ湯の滝
北海道斜里町字岩尾別 知床国立公園内
湯羅臼岳の北部に位置するガチ秘境の野湯。とはいえ観光地として知られているのでかなり混む。現在は一の滝までしか行けない。

⑨川又温泉
北海道登別市川上町
未舗装路を進み、クルマを停めてから数十分。獣道を行き、川を越えてたどり着く。アクセスは悪いが一見の価値あり。

⑩相泊温泉
北海道目梨郡羅臼町相泊
知床半島の東岸に位置し、夏場は小屋が建てられるがそれ以外の時期は浴槽のみ。テトラポットで海は見えないのが残念。

⑪セセキ温泉
北海道目梨郡羅臼町瀬石
夏場の干潮時のみ入浴可能。個人で掘った海沿いの温泉が開放されているので、マナーを守って楽しく入浴を。

東北

⑫八九郎温泉/奥八九郎温泉
秋田県鹿角市小坂町小坂
アクセスのよい奥奥八九郎温泉よりも手前にあるが、こちらのほうがより野湯といった荒れた雰囲気で訪問客も少ない。

⑬一本松温泉/一本松たっこの湯
秋田県仙北市田沢湖生保内先達川上流
黒湯温泉から遊歩道を進んだ先にあり、かつては近隣に宿があったそう。時期によって温度にばらつきがあり。

⑭川原毛温泉/川原毛大滝湯
秋田県湯沢市高松
源泉と川の水が滝となって降り注ぐ大迫力の野湯。観光スポットとしても知られているので、ゆっくり浸かるのは難しい。

⑮鬼首温泉/荒湯地獄
宮城県玉造郡鳴子町
鬼首地熱発電所の近くにあり、いたるところで源泉が湧いている。しかし、かなり温度が高いものもあるので注意したい。

⑯石抱温泉
山形県最上郡大蔵村
肘折温泉からさらに山に入っていったところにある、高濃度の炭酸泉。源泉温度が30℃台とぬるいので長湯していられる。

関東

⑰尻焼温泉/河原野天風呂
群馬県吾妻郡中之条町入山1539
名前の通り、おしりの病気に効くという川原の温泉。駐車場完備でアクセス良好。広々しているぶん、特別感は薄め。

中部

⑱黒部渓谷/鐘釣温泉
富山県黒部市宇奈月町黒部奥山鐘釣
宇奈月から黒部峡谷鉄道のトロッコ列車に乗ること1時間。野湯ではあるが、観光客が多いので水着着用は必須。

⑲切明温泉
長野県下水内郡栄村切明
秘境の最奥部にある川沿いの温泉。すぐ近くまでクルマで行けるので、野湯のなかでは比較的アクセスしやすい場所ではある。

⑳下呂温泉/噴泉池
岐阜県下呂市幸田
下呂温泉の名物としても知られる飛騨川沿いの野湯は水着着用がマスト。脱衣所などは当然無いので事前に準備したい。

中国・近畿

㉑川湯温泉/仙人風呂
和歌山県田辺市本宮町川湯
熊野川の支流、大塔川をせき止めて作る巨大露天風呂。開放感抜群で整備もされているが、当然、野性味は薄い。冬季限定。


津和野塩井戸 島根県鹿足郡津和野町
「塩井戸」と呼ばれるほど塩分濃度が高く、含有成分が固まった析出物は必見。かつては湯治場として親しまれていたそう。

九州

㉓妙見温泉/和気湯
鹿児島県霧島市牧園町下中津川
日本最古の露天風呂と言われるが近年、湯筋が変わり、湯量が少なくなっている。個人所有のためマナーを守って正しく利用を。

㉔平内海中温泉
鹿児島県熊毛郡屋久町平内
屋久島といえばここ。太平洋を望みながら、海と一体化したような気分で満喫したい。干潮の前後数時間のみ入浴可能。