MOTORCYCLE

ラジカセと、ヒップホップと共産党。

音楽を聴く道具がスマホしかない。そんな家庭が増えるいま、
再び「ラジカセ」が注目を集めているという。
モトナビではその真相を探るべく、
ラジカセ蒐集家の松崎順一さんに昨今のラジカセ事情を聞いた。

文/日越翔太(MotoNAVI) 写真/高柳 健

ラジカセが活躍した縄張り争いとダンスホール

「バイクやクルマは旧いものをレストアする文化、市場があるのに、オーディオに関しては少ないんです」。そう語るのは、東京・渋谷でラジカセ専門店「デザインアンダーグラウンド」を営む松崎順一さん。

レトロ家電の蒐集家であった松崎さんは、無類のラジカセ好きが高じて2003年にラジカセの修理から販売まで手掛けるショップ、デザインアンダーグラウンドをオープンさせた。

「直す習慣がなかったものなので、みんな壊れたら捨てちゃってたんですよね。でも僕はラジカセが好きだったから、もらったりタダ同然で仕入れてきたりして、いまは5000台ほど所有しています。それを修理して販売しているんですが、部品がないから、どう修理するかは僕を含むスタッフの知恵。どうしようもないときには部品を町工場で作ってもらったり、3Dプリンタで起こしたり。なので販売価格はほぼ修理代なんです」。

かつては時代遅れの粗大ゴミとして扱われたこともあるラジカセだけに、それに値段を付けて売る松崎さんはネットで叩かれたこともあったという。だが近年はその造形の美しさ、そしてカセットテープの人気再燃を受け、ラジカセにもまた注目が集まっている。

「いまは1980年前後の“ラジカセらしい”デザインが人気ですね。日本初のラジカセは1968年に登場し、70年代半ばから男性を中心に人気が出て、80年代に入るとよりファッショナブルに、そして大型化すると同時に海外にも輸出されるようになりました。たとえばシャープのGF777というモデルは、アメリカでラッパーたちのアイコンとなっていきます。当時の日本製ラジカセがヒップホップ界に与えた影響は大きく、それまで銃やハーレーに乗って縄張り争いしていたところに、ラジカセで好きな音楽を大音量で流しながらストリートを練り歩くことで、縄張りをアピールするようになりました。また、中国では香港経由で横流しされたラジカセが共産党の特権階級に愛用され、ダンスホールのPAとして大切に使われていたようです」。

日本製のラジカセが世界シェアの7~ 8割を占めていたというだけあって、我々が思う以上に世界に与えた影響は大きかったようだ。

だがそんなラジカセも時代が進むに連れ、存在感を失っていく。

「 80年代半ばからCADを使った3Dデザインが浸透し、こぞって有機的なデザインを取り入れ始めると同時に、CDの登場でデザインに潔さがなくなりダサくなりました。バイクは家電よりも影響は少なかったと思いますが、僕はデザイナーが手描きしていた時代のデザインのほうが魅力的に映ります。90年代にMDが誕生して以降、日本のラジカセはガラパゴス化し、MDの終焉とともに国産ラジカセの歴史は終わってしまいました」。

悲しい話ではあるが落ち込んではいられない。かつての日本製ラジカセなら、50年経っても使えると松崎さん自ら人生を懸けて証明しているではないか。眠っているラジカセを起こすのはいまだ――!

松崎さんお気に入りの一台が、1974年に初代モデルが発売されたソニーのCF1980。モノラルラジカセの歴史を作ったと言える存在で、当時で定価42,800円と高額だったにもかかわらず(1974年の大卒初任給は8万円弱)、70万台も売れた大ヒットラジカセとなった。ちなみにそのころのソニーにはラジカセだけで50モデルほどあったという。とんでもない時代だ。

渋谷のハンズ、その一角にある松崎さんのデザインアンダーグラウンド。店頭に並べられたラジカセは在庫のごく一部であるが、ラジカセファンの間では、「沼」と呼ばれている。理由は、店の前を通りがかると足を取られてしまい、抜け出せなくなるから。取材時も多くの50~60代と思しき男性 が並べられたラジカセに見入っていた。なお昨今のラジカセ人気を受けて、松崎さんのもとには修理の依頼が殺到。そのため現在は在庫の販売のみとし、修理受付は休止している。写真はソニーCF-1775(左上)、シャープGF-3035G(右上)、シャープMR-990(左下)、サンヨーMR-WF5(右下)。

若い世代を中心に再評価が進むカセットテープ。松崎さんの店では中古品を中心にカセットの販売も行っている。松崎さん曰く、「レコードは畏れ多いのでアーティストのものですが、それをカセットに落とすと、とたんに音楽がアーティストのものから自分のものになったような気持ちになれましたよね。うちではラジカセだけでなくテープも人気で、わざわざヨーロッパから買いに来たお客さんもいました」。

なお、1962年にフィリップス社が開発したカセットテープ(コンパクトカセット)だが、ソニーの後押しもあって65年には特許を無償公開。多くのメーカーが参入し、事実上の標準規格となった。ラジカセとカセットテープがあれば、世界中で同じ音楽が聴ける。カセットを知る世代の人間にとっては当たり前の話に思えるが、これって実はすごいことだったのだ。

SHOP information

DESIGN UNDERGROUND SHIBUYA-BASE
東京都渋谷区宇田川町12-18 ハンズ渋谷店1B
10:00~21:00(松崎さんは木~土のみ在勤)